医薬品をPETプローブに作り変える分子リノベーション技術の開発

Isotope News 2017年10月号より、ライフサイエンス分野、医学分野等に関連する記事をご紹介いたします。

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著者:丹羽 節

概要(はじめに):陽電子放射断層撮像(PET:Positron Emission Tomography)は,陽電子放射核種で標識された分子(PETプローブ)の近傍から生じるγ線対の検出を原理とし,生体中の分子の動態を画像化する分子イメージング技術である。ヒトを含む生体内においてPETプローブ自身,若しくはPETプローブをリガンドとする標的タンパク質等の局在を観察できることから,様々な生体機能を評価する技術として有用である。
これまでに開発された最も有名なPETプローブは,がん診断に用いられている[18F]フルオロデオキシグルコース([18F]FDG)であろう。D‐グルコースの2位の水酸基を18Fに置き換えた[18F]FDGは,グルコースと異なり解糖系による代謝が途中で停止する。これにより,糖取り込みが活発ながん細胞内に蓄積し,PETによりがん組織を可視化できる。現在は[18F]FDGでの可視化が困難な脳腫蕩の診断のため,[11C]メチオニンなどアミノ酸を基盤とするPETプローブの開発が進んでいる。また,がん診断以外にも,認知症の早期診断を目指したPETプローブの開発も盛んに行われている。アルツハイマー型認知症の早期診断を目指しアメリカで[11C]PiBが開発されたのを皮切りに研究は展開しており,近年は日本でも[11C]PBB3が開発され,臨床試験が行われている。また,神経活動など中枢系の機能を評価するためのPETプローブも多数開発されている。これらは臨床への応用に限らず,モデル動物などを用いた実験おいても汎用され,生命科学における基礎研究に利用されている。筆者が所属する理化学研究所でも近年,性ホルモンの1つであるエストロゲンを生合成するアロマターゼのイメージングを目的に[11C]セトロゾールを独自に開発し,その有効性を確認している。このように,分子の動態観察を通じて生体の病態や機能を可視化できる点がPETイメージングの強みであるが,その観察対象の幅は入手可能なPETプローブの種類に依存する。したがって,合成化学の高度化によるPETプローブの入手容易性(availability)の向上は,PETイメージング研究における重要な課題の1つである。
PETプローブは,陽電子放射核種を化学的な手法によって分子に結合させることで合成されている。特に低分子プローブによく用いられる11Cや18Fなどの陽電子放射核種の半減期は短いため(11C:約20.4分,18F:約109.8分),これらを迅速に分子に結合する化学反応が必要である。この技術は標識反応と呼ばれ,有機反応化学を専門とする化学者の努力により進展してきた。あらゆる分子を陽電子放射核種で標識することは未だ困難であるが,多彩な分子の陽電子放射核種による標識が可能となりつつあり,PETイメージングの潜在的有用性を拡大しつつある。