中性子捕捉療法のための新しいホウ素薬剤の開発 ─血清アルブミンホウ素キャリア─

Isotope News 2017年10月号より、ライフサイエンス分野、医学分野等に関連する記事をご紹介いたします。

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著者:中村 浩之

概要(はじめに):「一億総活躍社会の実現」を掲げる我が国では,低侵襲治療法の開発は,国民の社会あるいは日常生活への速やかな復帰や,健康で充実した質の高い生活を送るためだけでなく,また医療費の抑制のために大きな貢献をもたらすと期待される。中性子捕捉療法(Boron Neutron Capture Therapy: BNCT)は,患者にホウ素薬剤を投与し,患部を中生子ビーム孔に数十分間かざすだけで治療が終わることから,患者への負担が非常に少ないがんの低侵襲治療法の1つとして注目されている。BNCTで用いる熱・熱外中性子は0.025eVと非常に低エネルギーであるが,がん細胞内に取り込まれたホウ素10(10B)と核反応を起こすことによりLi核やHe核(α粒子)などの粒子線を生じる。これらの粒子線のエネルギーはおよそ2.4MeVと非常に高いだけでなく,飛程が5-9μmとおよそ1つの細胞内に収まることから,BNCTはがん細胞選択的な放射線治療が可能であり,通常の放射線療法に比べ,正常組織へのダメージが極めて低い治療法と期待されている。
BNCTでは,これまで2つの薬剤が臨床研究に用いられてきた。BSH(mercaptoundecahydrododecaborate)と呼ばれるホウ素薬剤は,分子内に12個のホウ素原子を含む20面体の特異な化学構造を持つ,非常に低毒性であるホウ素イオンクラスターである。1968年に帝京大学の畠中亘らは,このBSHを用いて世界で初めて脳腫湯のBNCTに成功した。健全な脳には血液脳関門現象があり,血液中の水溶性物質は正常な脳組織には取り込まれにくいが,脳腫蕩はこの血液脳関門が破断している。BSHは,それ自身はがん細胞に対する選択性は低いが,この破断した血液脳関門から脳組織内に取り込まれると考えられている。畠中らの成功以来,日本はこの分野をリードしてきており,現在まで脳腫蕩の治療実績は250症例を超えている。悪性度の高い謬芽細胞腫(glioblastoma)では2年生存率がおよそ40%,5年生存率ではおよそ20%であるが,比較的悪性度の低い星状細胞腫(astrocytoma)では,5年生存率はおよそ60%と,標準的な治療の~15%に比べBNCT治療効果は優れているといえる。
BPA(p-boronophenylalanine)と呼ばれるホウ素薬剤は,1958年にSnyderらによってチロシンの類縁体として合成された化合物であるが,1987年,神戸大学の三島豊らはこのラセミ体のBPAを用いて悪性黒色腫(melanoma)のBNCTに成功した。その後,L体の方がmelanoma細胞によく集積することが明らかとなり,現在ではL-BPAが臨床に用いられている。現在まで悪性黒色腫の治療実績はおよそ30症例で5年生存率は60%を超えており,非常に治療効果が高い。melanoma細胞はメラニン色素の生合成が活性化されていることから,その原料であるチロシンの類縁体であるBPAも取り込むであろうと考えられたわけだが,BPAはこの取り込み機構以外にもアミノ酸トランスポーター(LAT-1)を介して取り込まれることが分かってきた。実際に,石渡らによって開発された18F-BPAを用いたPET診断により,あらかじめBPAに感受性の高い患者を選択し治療計画を立てることができるようになっただけでなく,LAT-1が活性化されている脳腫湯や頭頭部癌など他のがんへの適応拡大が検討されるようになった。その結果,2001年には大阪大学の加藤逸郎並びに京都大学の小野公二らのグループは,BSHとBPAの両剤を併用することで,世界で初めて頭頭部癌のBNCTに成功し,これを機に肝臓癌や中皮腫など適応疾患拡大へと臨床研究が展開している。