放射光X線により明らかとなった抗体医薬品の作用メカニズム

Isotope News 2017年2月号より、ライフサイエンス分野、医学分野等に関連する記事をご紹介いたします。

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著者:玉田 太郎

概要(はじめに):抗体は生体内の防御機構~免疫~において重要な役割を果たしている分子(タンパク質)である。免疫は自然免疫と獲得免疫に大別できる。前者は生体内に常に存在する防御系で,体内に侵入してきた異物~抗原~に対して非特異的に機能する。一方,後者は後天的に獲得されるシステムで,一度記憶した抗原に対しては自然免疫よりも迅速かつ効率的に機能する。また,はしかやおたふくかぜなどに一度かかると二度とかからない(いわゆる「二度なし」)という現象も獲得免疫の特徴の1つで,これを利用した治療法が「ワクチン」の予防接種である。獲得免疫は「細胞性免疫」と「液性免疫」に大別することができ,前者はリンパ球系のT細胞(胸腺)が分化したキラーT細胞(細胞傷害性T細胞)が働く。後者は同じくリンパ球系のB細胞(骨髄)から産生される抗体が中心的な役割を果たす。
抗体は,『多様』な分子(抗原)それぞれに『特異的』に対応する能力がある。また,自己物質に対しては反応しない『寛容性』と上述のように「二度なし」という『記憶力』も併せ持つ。詳細については種々の教科書等を参照いただきたいが,本稿では『多様性』と『特異性』について少しだけ説明する。ヒトを含む哨乳類は5種類の抗体を持つが,全体の7割強をIgG(Ig:免疫グロプリンの略称)が占める。IgGは重鎖と軽鎖の2本のポリペプチド鎖から構成されており,その折り畳まった形状から一般的に「Y」の字で模式的に表わされる(図1)。「Y」の字の下半分が「Fc領域」,上半分が「Fab領域」と呼ばれるが,抗体は2つあるFab領域で抗原を特異的に認識する。実際には,Fab領域の更に半分(重鎖,軽鎖ともに約110アミノ酸)の「可変領域」(Fv領域)が抗原認識領域である。Fv領域を構成する遺伝子には種類の異なる(多いもので数十種)遺伝子ユニットが複数含まれており,その組み合わせの数は200万を超える。更に,B細胞が抗体を産生する際に生じる遺伝子の「組み換え」,「突然変異」も加わることによりその数は1兆に及ぶとされている。この抗体の『多様性』は利根川進博士が明らかにした現象で,この功績により1987年にノーベル医学・生理学賞を受賞している。
この抗体の『多様性』は遺伝情報が翻訳・合成されたアミノ酸(ポリペプチド鎖)にも反映されるが,単に配列情報(1次構造)だけでなく,ポリペプチド鎖が折り畳まった立体構造(3次構造)に反映され,その固有の立体構造が抗体の『特異性』を創出している。分子の特異的な認識はよく「鍵」と「鍵穴」に例えられるが,単に形状のみならず性質(電荷や疎水性など)が相補的に合致するように,抗体は多様な分子の中から目的の抗原を巧妙に認識し特異的に結合する。
抗体が有する極めて高い抗原認識特異性という特徴は医薬品に適した性質である。というのも,現行の医薬品の大きな問題の1つである副作用は,医薬品が本来作用すべきではない箇所に結合することも主原因とされているためである。その点,抗体は目的の分子にピンポイントで作用することが可能なため,いわゆる「分子標的治療」(疾患に関係する特定の分子を狙い撃ちすることで副作用を抑えた治療効果が期待される)に多く用いられている。例えば,がん治療においては,様々な抗体が医薬品として臨床応用されており,進行・再発の大腸癌治療におけるベバシズマブ(商品名アバスチン),乳癌治療におけるトラスツズマブ(商品名ハーセプチン)は,世界の医薬品売り上げのトップ10に入っている。
本稿で紹介する“KMTR2”も医薬品としての応用を目指した抗体の1つである。KMTR2はTRAIL-R2(腫蕩壊死因子関連アポトーシス誘導リガンド受容体-2)と呼ばれるタンパク質に作用することで,がん細胞特異的にアポトーシス(細胞死)の信号を伝える。これまでその詳細なメカニズムは明らかでは無かったが,今回,放射光X線を用いて得られた精緻な原子構造情報に基づいた機能解析により明らかにした。本稿では,KMTR2(とTRAIL-R2)の構造の特徴と機能解明に繋がった着眼点を中心に,KMTR2の作用メカニズムを紹介する。